Barkarole! メモリア21

 たんたんと、足踏みするオスカーを、マーテットは横目で見る。白衣のポケットに両手を突っ込んだままの彼は、「おちつきなよぉ」とぼやいた。
「おれっちらがイライラしたって、どうにもならねーんだし」
「だがなぁ!」
「ま、こういうことは、いずれ起こるんじゃないかって、おれっちは思ってたよ」
「は?」
「ルッキーの身体は、年齢よりも随分若いんだ。成長してないんだよね、あんまり。魔力が多すぎる反動だとは思ってたし、右眼の視力も低下するいっぽうだしさ」
「…………」
「早死にしそうだなーって、思ってたよ」
「……マーテット、ルキアがなにをするか、訊いているんだろう?」
「詳しくは聞いてないけど、やるこたぁ想像ついてるね」
 肩をすくめるマーテットに、オスカーが怪訝なそれをする。
「大丈夫なのか?」
「トリシャのほうがもてば、大丈夫なんじゃない?」
「? お嬢ちゃんが、なんで必要なんだ?」
「そりゃ、性交する相手が必要だからだろ」
「…………」
 無言になるオスカーが、慌てて両耳を塞ごうとするが、そういえば、物音ひとつしない。
「オッスの旦那も、魔法院出身なら、効率よく魔力の循環をよくする方法くらいは知ってるっしょ」
 指摘されて、オスカーは苦い顔をする。
「体内の魔力循環の流れを一時的に良くしたって、あまり意味はないだろ」
「……たぶん、ルッキーはもっとひどいことしようとしてるよ」
「?」
「これでもう、トリシャはルッキーの思うがままだ」
「循環回路を良くするだけだろ。そういう術式で、その、するんだろ」
 マーテットはちら、と視線だけでオスカーを見る。彼はぼさぼさの後頭部をがりがりと掻く。
「自覚はないだろうけど、えげつな〜い術式組むんじゃないかな〜。あ、言い方悪かったかも。トリシャはルッキーから逃げられないってことだよ」
「いやー、あいつは結婚したら絶対に離婚しないだろ……」
「そういう意味じゃなくて、肉体的にも、ってこと。
 たぶんだけど、ルッキーは、トリシャの肉体そのものに、まず陣を敷くんじゃないかな。ま、これは初歩的なことだから当たり前だよね。生贄っつー概念に近いから、あんまり推奨されてないけど。
 肉体を頑丈にするのは、トリシャのこと考えたら当然だよなー。次に、ルッキーは手順を考えながら、体液の中に魔術式を組み込んでトリシャにいれる」
「唾液とか、そういうものか。まあ、キスをすれば当然流れ込むが」
「そう。汗とかもね。ルッキーの身体はいま、爆発的な魔力がすごい速度で巡ってる状態なんだよ。そりゃ、磨耗するっしょ。
 普段は、魔封具が、その流れを調節してる。ゆるやか〜に、してるってわけ。でも、根幹のところが一気に溢れちゃって、止められない状態なわけ」
「ブレーキのきかない列車みたいなものか。だが、聞いただけでも、細かい魔術式が必要だぞ?」
「いーや、今のルッキーなら可能だろうね。トリシャの身体に陣を敷きながら、自身の肉体にも同時に陣を作り上げるのは。
 2つで1つの陣を描く。これで、トリシャの肉体は一時的にルッキーの魔力を流し込む容器に変身ってわけだ」
 ただ、他人の身体を介して循環を良くするのではなく、意図的に強化した肉体を、「自身の肉体と同じ状態に引き上げる」陣を敷く。つまり、小さかった器が、やや広くなると考えればいい。
「トリシャの身体に、幾つ陣を敷くかわかんねーけど、まあこの2つ、肉体強化、循環同化、は……やるだろーな。心臓にもやるかもしんねー、いきなり止まったらやばいし。
 順番間違えると大惨事だから、ルッキーは神経質になってるだろうし。音を遮断してるのは、集中するためだろ」
「だが、そんなことをすれば……ふつうは身体がもたないだろう? ルキアの、他人の異質な魔力が流れ込んでいくんだから」
「溜め込むんじゃなくて、循環させる、ってーのが、ミソだな。
 繋げた状態で、魔力を、こう、ルッキーからトリシャ、トリシャからルッキーって具合に、大きな円環として流すんだよ」
 オスカーは思わず、口元を手で覆う。
「それ、すっごく痛いんじゃないのか?」
 想像しただけで吐きそうなのだが。
「いってーと思うよ? 全身の毛細血管ばーん、って感じ?
 まあ痛いの和らげるために、ルッキーは頑張るって言ってたしな。……女の扱いも知らんくせに、よく言うよって思ったけど」
「……あいつ、命令でそういうの見ててもすっごいフツーの顔してたぞ。なんか、ただの動物の交尾くらいにしか思ってないなって俺は思った」
「殿下から借りた恋愛小説読んでも、妙ちくりんな感想しか出ない時点で、アウトだろ。
 婚約中っていうし、今回が初だろうから、相当ひどいんじゃないかー?」
「よりにもよって……。だから娼館で遊べって言ってたんだよ、俺はっ!」
 項垂れるオスカーは、やれやれとドアに背をつける。
「まー、律儀なルッキーはそんなことできないよね〜。実際にルッキーがトリシャにどんなことしてるかは、想像するしかねーけど、おれっちは……あんまりおすすめできないんじゃないかなーって予想する」
「おまえ、ルキアのことなんだと思ってるんだ? あいつはあいつなりに、お嬢ちゃんを大切にしてるんだから、あんまり……」
 言葉が途切れてしまう。あいつは、笑顔でやるかもしれないと一瞬思ってしまった。
(下手をすると、未婚の女性が植物人間みたいになるとか……)
 やりかねない!
 ぶんぶんと慌てて頭を振って、考えを吹き飛ばす。やめよう。ルキアを信じるべきだ。
(そうだ。そもそもマーテットのはあくまで医術的な面からの想像で、ルキアの思考とは違うだろうし……)
 効率のことを考慮して、マーテットは推測しているに過ぎない。
 祈るしかない。どうか、どうかあいつが犯罪者になりませんようにっ!

 ドアが開いた。
 そこに立っていた人物は、にこりと微笑する。
[Pagetop]
inserted by FC2 system