Barkarole! メモリア18

 異界の言葉でなら、「彼」を罵倒するに値する単語がある。「化け物」だ。
 腕利きとされる魔術使いの軍人を30人は用意して、小屋の周辺に罠を仕掛けた。だというのに。
 なぜ。
 目の前に、捕まえようとした本人がいるのだろう?
 歯噛みするのは、ランドール=コルビだ。
「コルヒ、確か……大尉」
「ファルシオン……少尉」
「はい」
 朗らかに微笑むルキアに、ランドールは背筋をゾッとさせた。やはりこの子供は危険だ。
 彼を案内した兵士を睨むが、その兵士とてがたがたと震えていたのであまり責めることはできないだろう。
 兵士に「案内ありがとうございました」と微笑を向けた途端、兵士が悲鳴をあげて逃げ出す。だがそれをとどめたのは、オスカーだった。彼はこちらを不憫そうな目で見つめている。
「デライエ少佐も一緒か」
「いえ、今回は自分の独断なので少佐は関係ありません」
「っ」
 舌打ちしそうになる。
 オスカーがいる以上、こちらの手は読まれたと考えていいだろう。オスカー=デライエの人脈の広さは、かなり厄介だ。
 座っていた椅子に、深く腰をおろす。余裕があるように、腕組みした。
「命令には従順だと聞いていたがね、少尉」
「兵士は皆、そうだと思いますが。
 コルヒ大尉、自分になにか用なのですか?」
「よせルキア」
 鋭くオスカーが声を割り込ませたので、ルキアは不思議そうにした。オスカーのほうを振り向き、それからランドールを見遣る。
 ルキアは少し考えて、オスカーのほうに向き直った。
「少佐、ここを任せてもいいですか?」
「え? あ、あぁ」
「お願いします」
 不審そうにするオスカーの横を通って、ルキアは部屋から出て行く。
 残されたオスカーは、ランドールを見つめた。ランドールからすればオスカーはかなり若い貴族になるが、その情報収集と人脈によって特殊部隊に選ばれた非凡な兵士だ。
 案内してきた兵士はルキアに連れて行かれたので、この屋敷のこの部屋には、ランドールとオスカーしか居ないことになる。
「大尉、何故ルキアを足止めしたりしたのですか」
 階級からすればオスカーのほうが上だというのに、律儀に年功序列を守るのは、彼の顔の広さをよくあらわしていた。
「元老院の差し金ですか」
 元々、ルキアという『兵器』に対してあまりいい反応を示さなかったのは、古い考えの連中ばかりだ。オスカーはランドールが、いや、コルヒの親戚が元老院に多く輩出されることをきっちりと知っている。
「後押しがなければ、あなたの階級でここまで無謀なことはできませんよね」
 その通りだ。捨て駒の位置にいるのだから、その考えはわかる。
 ランドールは小さく息を吐いた。
「私が素直に言うとでも?」
「思っていません。そして、あなたを拘束することも、おそらくできないでしょう」
 若造にしては頭の回ることだ。
「ファルシオン少尉が退出したが、いいのかね?」
「はい。彼はああ見えて、気が短いので」
 頭に血がのぼっているようには見えなかったが、とランドールは不思議そうにした。
「あなたを殺すことに、もし、躊躇いがなくなったら……あっさりと殺すような男です」
「躊躇うだろう」
「いえ、私は、躊躇わないと思います」
 やけにオスカーが確信を持って言う。ランドールが聞いており、また認識していたルキアとは少し違うようだ。
「一般人を巻き込んだ時点で、ルキアは相当頭にきていたようなので」
「軍属の家族が『不慮の事故に巻き込まれる』ことはよくあることだ」
「……あいつは、見た目ほど馬鹿じゃないんです」
 オスカーの顔色が悪いのは、はっきりとわかった。
「報告書はまだあがってないのであなたは見ていないでしょうけど、ファルシオン邸に張られている結界を解いたのは私です」
「…………」
「わざと解け易くしてはありましたし、一般人には弱い衝撃しか与えないように細工はしてありましたが……気持ち悪いほどによくできていました」
「罠だと?」
「推測ですが、元々あった強力な結界が必要がなくなったら消した、だけだと」
「……デライエ少佐からしてみれば、その、元々あった結界はどういうものだと?」
 オスカーは少し口ごもるが、隠す気はないようなので、ランドールに素直に言う。
「人体には多大な被害が出る類いのもの、かと」
「例えば? 爆破系の、衝撃を受けるものの類いか?」
 ランドールにも多少なりとも魔術の知識はある。目の前のこの若造には、遠く及ばないが。
「いえ。衝撃、弾くような結界は簡単に張れますが、持続性もなく、強度が弱いです。少尉の張ったのは、持続性があり…………その、毒性があるものだと思われます」
「毒?」
 言い方が引っかかった。ランドールが目を細めた。……いや、オスカーは嘘を言っている様子はない。この男は切り札を隠し通せるタイプではない。
「人体に毒を? そんな魔術があるのか」
「いえ、ない、です」
「ない?」
「少尉は魔術の天才と言われています。独自で作った魔術式で張ったものだと思います。痕跡も、長期間張ってあったので残っていて……毒、というのはおかしな言い方ですけど、私の予想では、人体の、おもに内部に弱い衝撃を与えるものかと」
「弱い衝撃?」
「内臓などに直接攻撃を与えるもの、ですが……それが、攻撃対象は」
 言葉を区切るのは、オスカーが説明するのに苦労しているからだろう。ランドールはじっと待つ。
「攻撃対象は、頭部です」
「脳?」
「はい」
 オスカーはゆっくりと深呼吸をした。
「彼が、さらにそれの強化したものを屋敷に張ったと、先ほど言っていました」



 唐突だ。唐突に空中で拘束されていたシェリルが呻きをあげたと同時に、目玉が地面に落ちた。
 え、とマーテットが洩らす。
 地面に落ちた目玉を、自然、視線で追う。ぼとっと落ちたそれは、べつに腐っていたわけではない。視神経も、残っているし。
「は?」
 頭の上に疑問符をたくさん乗せて、マーテットは佇む。
 シェリルの、残ったほうの瞳が、落ちそうになっている。
「え? は? なに、どゆこと?」
 ぐったりしているシェリルは、口から舌を出して、涎まで垂らしている。
 マーテットが慌ててしまう。これは、まさか。
「あい、っ……! どこまでふざけてんだよ!」
 捕らえた敵を延命させる気はないが、情報源を消すわけにもいかない。マーテットはすぐさま結界に原因があるとみて、解除にかかった。
 だが、ひとつ解いても、目の前の結界は消えない。消えない。
(ひとつじゃねぇ……!)
 マーテットは医者だ。医術は魔術に分類される分野だが、ルキアやオスカーのような実戦向きの魔術とはまったく異なる種類のものになる。
 無理だ。この結界をはずせない以上、シェリルの身柄はどうあっても……。
 どろりと皮膚がとけていき、その下から骨格が見える。あれ、とマーテットが瞬きをした。
 ちがう。コレは。
(人形……)
 人間じゃない! これは完全に囮だ!
(じゃあロイロイのほうも!?)
 こうなれば、拘束していたシェリルも怪しいものだ。どうなっている!?
 視線を屋敷に動かす。結界の力だけでこんな状態にできるということは、相当複雑で強力な陣を張っているということだが……。
 マーテットは常々からあった、恐怖が全身を支配するのを感じていた。やはりあの子供は、おかしい。
(頭おっかしいんじゃねーの……)
 いつの間にか拳に力を入れて、唇を噛んでいたようだ。駆け寄ってくるロイの足音に気づいて、全身から力を抜いた。
「マーテット!」
「ロイロイ……そっちもとけた?」
 目の前はもはや人形の骨格しかない。魔術で人形を作るのには、高度な魔術が必要になる。ルキアあたりになると、骨格の基盤さえできれば簡単に作れてしまうが。
 空中から骨格が落ちてくる。そのまま地面にぶつかった刹那、ぼん、と破裂した。用済みになったので消えたようだ。
 がりがりと後頭部を掻いて、マーテットは腰に手を当てた。
「シェリル=パイルドはこっちには来てねーってことか。それとも、様子見してんのかねー」
「迂闊に近づけば、本人もこのようなことになっていたのか……どういうものか、わかるかマーテット?」
「いんや。おれっち程度じゃ、そこまで読み取れねーな。つーか、ルッキーは容赦ないねー」
 というか、えげつない。
(……わかっててこの類いの結界を作ったのか?)
 シェリルのことをルキアは知っている。ならば、どういう手でくるかはある程度、予想がついたのかもしれない。
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