Barkarole! メモリア3

 ギュスターヴがルキアに直接会うのは、いや共闘するのは今回が初めてである。
 くだんのルキアを見かけることはしばしばあったが、こうして顔を見合わせ、会話をすることはなかった。
 夜風に長い髪をなびかせながら、彼は微笑みを崩さない。
「ルキア、おまえならばこの局面をどう切り抜ける?」
 尋ねると、彼はこちらを振り向いた。そうですねぇ、と軽く首を傾げる。
「シャーウッド大佐、自分は司令官ではありません。命令に従いますが、命令を出すことはできません」
「それではまるで道化ではないか」
 ギュスターヴの言葉に、ルキアはふふっと小さく笑った。
「そうですね。前線部隊にいた頃、よくワイザー将軍がそう言っていました」
「なぜ笑っていられる?」
「では、自分の『使い道』とは、どういうものですか?」
「…………」
「大佐、自分には確かに心は存在しています。なにかを想い、嘆き、強く願うこともあります。
 けれどそれとこれは、別の話ですよ」
 あっさりと言うルキアの表情は明るい。不気味なほどに。
 ギュスターヴは目を細め、夜空の星を見上げた。
「そうか……おまえは欠落者なのだな」
「よくぞ見破りましたね」
 さすがです、と小さく洩らす彼は、でも笑っていた。
 帝国人に生まれる『欠落者』。個人で差はあるが、生きた『欠落者』を目にする機会は思ったほど多くない。
 ギュスターヴは視線をルキアに戻す。恐ろしいほどの美貌や、年齢よりもずっと幼く見える外見など……ただの目くらましのようなものだ。
 この子供は恐ろしい。
 知れば知るほどにおそらく誰もがルキアを敬遠し、畏怖を抱くだろう。
(何を欠落しているのか……)
 そしてその欠落したものを埋めるように、得たもの。
「ルキア、おまえはなぜ戦うのだ」
「軍人だからです」
 即答したルキアは、夜空をバックにして柔らかく微笑んだ。
「軍人でなくなれば、戦ったりしませんよ」
「……? 軍人でなくなれば?」
「ええ。自分は軍人である限り、無辜の民のために戦い続けるでしょう。下された命令にも従います。
 けれども……それは自分が『帝国軍人』であればこそ。そうでなければ、違うことをしているはずです」
「……恐ろしい男だな」
 背筋に悪寒が走る。それはつまり、軍から除名され……国を追放されたとしたら……。その想定にもかかってくる。



 ここに来るまでのことを、静かに呟いたのは金髪の青年のロイだ。彼は、物語の中に存在する、すでに『絶滅した』騎士という存在の印象を与えるような雰囲気を持っていた。
 『ヤト』に配属されるまで、彼は容姿と雰囲気で部隊内でかなり目立っていたほうだ。なんというか……前時代的だと誰もが感想を口にするような男だった。
「あの動物たちの死骸については、大佐は何か言っているだろうか……」
 夜空を見上げる彼の横顔は、完全に物語の中のような雰囲気だった。傍で見ていたオスカーが、べつの意味でうんざりする。
 全員での話し合いは、あと1時間ほどで開始される予定だ。戦闘経験の浅さ、というよりは、戦争体験の差で線引きをされて、オスカーはここにいる。ルキアはここにはいない。
(マーテットは治療でばたばた走り回ってるし……なんなんだ、今回は)
 そもそも、なぜ自分はこっち側なのだ。戦争経験はそこまで浅いとは思っていなかったのに。
 ここにいないのは、ルキア、ギュスターヴ、ライラ、オルソンの4名だ。……マーテットも怪我人のためにいないが。
「死骸、ねえ」
 ぼんやりと呟くオスカーは、ここに来るまでの荒野の様子を思い出す。凶暴化した獣たちの死骸は、今度は別の獣たちによって荒らされていた。弱肉強食が濃く反映されていると、本当に思う。
 あれこれと思うところがあるが、それを説明してくれそうな人物たちはここにはいない。
(ルキアなら、わかるんだろうか……)
 魔法院の同期の少年は、ついこの間まで前線にいたのだ。

 一時間後、『ヤト』の面々は一つの天幕に集まる。年長者のギュスターヴが口を開いた。
「目的がわかった。今回のことは、ある実験だろう」
「実験?」
 不審そうに呟くオスカーに、奇妙な姿勢……両腕を腰の部分で組んでいるヒューボルトが応じる。
「荒野に転がっている死骸のことを考えた結果です。オルソンも情報を持ち帰ってきましたしね」
「作戦決行をするのは明朝だ」
 ギュスターヴの言葉に、オスカーは不服そうな表情を浮かべそうになった。
 詳細を説明はされないようだ。
 だが結果的に、次の日の朝にすべてがわかった。
 説明されなくても…………理解できてしまうことだったのだ。だから、ギュスターブは説明しなかったのだ。

**

 帰りの馬車の中で、落ち込むオスカーとは違って、ライラも、ルキアも、レイドも来た時と態度が変わらなかった。
 結果は、より残虐な形として知らされることとなった。
 作戦では、オスカーは直接的に手を出すことはなかった。戦い慣れしている者たちが、優先的に行動したのだ。
(奉国か……)
 あの国に行ったことはない。鉄の産地として有名だということくらいしかわからない。
 けれども、小国とはいえあそこは力をつけつつあるのだ。魔術という力ではなく、鉄というカラクリの力を進化させて……。
 北の端にある国だから、植物の栽培には向いていないが……あの国の支援する者たちが現れると厄介なことになる。
 そして今回、その「実験」に選ばれたのはココだった。
 空を見上げるオスカーは、まだ何も解決していないのだと思い知る。帝都に居るせいで、自分たちが軍人で、戦っていることすら……忘れてしまう。
 荒野を渡るには、進化した獰猛の獣たちが邪魔になる。それらを一網打尽にできる毒があるとすればどうだ? ただし、人間には効果がないように作らねばならない。
 嗅覚が格段にあがっている荒野の獣たちは、標的となった。そしてこのあたり一帯は、どの『毒薬で満ちた場所だった』のだ。
 砲撃は完全な目くらまし。砦を越えて、いや、砦を含んだ一帯に一斉に敵は実験をすることとしたのだ。
 無防備にやって来たオスカーたちは、同じように実験対象になる予定だった。だが、その毒は、空気中に長く漂うことはできないものらしく、被害にあうことはなかった。
(あの薬が完成してしまったら……)
 確かに高い賃金を出して列車に乗る必要はなくなる。荒野に住む貧乏人たちにはありがたい話だ。
 だが、完成してもらっては困る。敵国の侵攻を容易くするわけにはいかないからだ。
 それに。
(人間だって生き物なんだ。なんの影響もないわけ、ないじゃないか)
 マーテットは苦い顔をしていたし、学者であるヒューボルトもいい顔はしなかった。

 数日後、オスカーは知ることとなる。
 あの砦にいた者たちは、全員軍を退職していた。中には、生死すら不明の者も、いたらしい。
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