Barkarole!U シャングリラ14

「前線のルキアが突破されただと?」
 信じられない報告にオスカーは目を見開く。
 広大な王宮を守備するうえで、一番手薄で守りがたい場所にルキアは配置されていた。激しい戦闘がそこで展開されたと思われるのは、爆発音が続いていたからだ。
「ルキアは無事なのか?」
「ファルシオン少尉は全員を後退させてから、一人で向かわれて……」
 すすにまみれた顔をしている若い兵士が、涙ぐんでいる。
「なにをやっているんだ、あの馬鹿は! 詳しく報告しろ! 戦況がわからない」
「敵は人間爆弾を使いました」
 人体に火薬を詰め込んで爆発させたのか!?
(あの爆発音はその音だったのか……)
 ではルキアはその爆破を一気に弾いたはずだ。王宮までは爆音は届いていないのがわかるのは、オスカーのところで音が急速に消えていったからだ。
「少尉は怯んだ我々の退路を確保すると、魔術で一掃するとおっしゃって……」
 あの火事の中で無謀にも突っ込んでいったのか?
 オスカーは青くなってわなわなと震えた。今までもあの子供のおかげで痛い目にあってきたし、苛立ちもしたが、こういう戦局で一緒に戦うと本当に怖い。
「馬鹿者どもが! おまえたちは帝国軍人だ! 爆弾に突っ込め!」
 無茶を言い放っているのはわかっている。けれどもオスカーは言うしかない。
「おまえたちよりも、ルキアのほうが戦力として上なんだぞ! あいつを守るくらいのつもりでかかれと命じただろうが!」
「申し訳ありません!」
 頭をさげる兵士の前で、オスカーは拳を震わせる。
 どんな攻防があったのか、オスカーの陣取っている森の中からでもわかる。頭が痛い思いだ。
 簡易式のテーブルの上の広げられた周辺の地図を見下ろし、オスカーは言い放つ。
「大方の敵は一掃されたとみていい。少尉の消息は後回しだ。我々はここで待ち受ける!」
 全員がその声に応じた。逃げてきた兵士たちも頷く。
 オスカーは異様さになんだか奇妙な感覚でいた。いくら蓮国が帝国に次いでいる大きな国とはいえ、その戦力差にも支配している土地にも、人口にも勝てるとは思えない。
 それなのに、大事な人員を割いてまで突っ込んでくる意味がわからなかった。
(それほど王女の容態は深刻化しているのか……?)
 婚儀を遅らせるだけ遅らせているのは蓮国だ。それもそうだろう。蓮国は承諾したわけではない。いつでも裏をかけるように表面上で取り決めた約束事を承知したに過ぎない。
 人身御供となった王女のほかにも何人か後継者はいる。蓮国に潜り込ませている間者からの報告では、兄弟たちの団結力の高さを知らされていた。大勢の兄弟の中から何人かが暴走したのかもしれない。
(まあ今となっては原因なんてものは、どうでもいいことだけどな)
 結果がものを言う。それが世の中のすべてだ。
(陽動だとすれば、本隊は王宮に極秘で向かっているか?)
 けれども『ヤト』のメンバーが王宮を囲むあちこちで待ち構えている。戦力としてあまり期待できないマーテットなどはシャルルの傍に居る。
 だが異様だった。奇妙とも言う。
 そもそも戦力の配置にオスカーは不満だったのだ。ルキアを最前線に置くのはわかる。だが他はどうだ?
(敵が王宮に入れないように布陣はされている。……だが)
 くだされている命令を思い出し、オスカーは顔をしかめた。

 王宮内にいるシャルルは、敵を待ち構えていた。外を眺めていたら、突然、遠方で光が炸裂したかと思ったらあっという間に赤い光と黒い煙が空へと広がっていった。
(あの方向はファルシオンがいた……!)
 動揺しないようにとぐっと剣の柄を握る手に力を込める。彼の防衛する直線上に、北の塔がある。常にトリシアの存在を意識させ、王宮を守らせる魂胆が見えみえだった。
 ギュスターヴは皇帝の傍にいるだろう。シャルルの周囲には最低限にしては充分な護衛がつけられている。マーテットは燃えている森を眺めて「ルッキー……」と呆然と呟いていた。
「アスラーダ!」
 叱咤するように言うと、彼はびくっと反応してから不愉快そうにした。仲間の心配をすることすら、ここでは許されない。
「ファルシオンは無事だ。前線部隊で生き抜いたあやつを信じろ!」
「わーってますよ……」
 不機嫌にそう洩らすマーテットは、それでも納得はできないようだ。
 広間が妙な空気で支配される。士気がさがりつつあるのだ。最強の魔術師であるルキアがいきなり突破されたのなら、誰だって動揺するだろう。兵士たちは信じられない思いなのだ。
 シャルルは異変にすぐさま気づいた。身をひるがえし、広間のドアを凝視して魔術を発動する。
「『突破せよ、暴風』!」
 大きな両開きの扉が木っ端微塵に砕け、その先にはメイドたちが驚いたような表情で集まっていた。
「あ、あの、」
 困ったように口を開いたメイドの一人が、素早く駆け出す。背後に隠していた片手をぬっと前に出して、振り上げた。
「覚悟! フレデリック!」
 ぎらつく刃がそこにある。メイドたちが隠していた矢を一斉につがえた――!

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