木暮亜矢の冒険 第三章 魔法の鏡の向こう側7

「……で、なぜここに?」
 アルバートさんは不思議そうにこちらを見てくる。そりゃそうよね。
 ナギルは部屋には戻らずに、第一王子のアルバートさんの私室に来ていた。全員、本当は別宅みたいなのがあるんだけど、ここにも部屋があるんだって。王族とかってよくわからない生活を送ってるのね。
「兄上なら、フレイドの意向をご存知かと」
「……私とおまえは、まだ敵対状態にあるのだぞ?」
 一応、と付け加えるアルバートさんは面倒そうに目を細めた。うぅ、そうよね。この人は穏便にことを運びたい穏健派なんだもの。
 巻き込んだりしたら大変なんじゃ……。
 ちら、とナギルのほうを見上げるけど、彼は悪びれた様子もない。兄に遠慮している様子はない。
 …………なんだろう。なんか、雰囲気変わった?
 出会った頃と、なんか……ちがう? お兄さんをすごく信用してたはずなのに……なんか、今はそんな雰囲気がない。
「オレがここに来ても違和感はないでしょう。あなたは一応、フレイドとは不仲なのですし」
「言うようになった……」
 アルバートさんはちょっと困ったような笑みを浮かべてから、首を軽く傾げてみせた。
「しかし、ユキ殿と連絡がとれなくなっていたからおかしいとは思っていたが……。フレイドのところに居たとは」
「メイドの変装をやめていたことから察するに、ミワ殿の弟だと知って利用しようとしているのでしょうけど」
「フレイド、か……」
 話題にのぼる第二王子様のことに、二人ともなんだか頭が痛そう。そりゃそうか。第五王子暗殺の首謀者みたいなものだしね。
 どんな人なんだろう?
 ちょっと想像できなくて、アルバートさんとナギルを見比べる。
 …………タイプが違ってて、全然比較できないわ、この二人。顔いいしね……きらきらしてるのは認める。
「兄上になら、何か話すのでは?」
「いや、ミワ殿に接触をはかったことからして、すでに私の感知外だ。よほどティアズゲームの勝者に興味があるのだな」
 苦笑いしてるのは……アルバートさんがお姉ちゃんにもう会ってるせいなんだよね、絶対。
 ああ……我が姉ながら、異世界の王子様二人に恐れられるってどうなの?
 そもそもその『ティアズゲーム』ってのが問題なのよね。王様なんかにお姉ちゃんがなるわけないじゃない。国が滅びるっつーの。
 お姉ちゃんには梅沢さんみたいな堅実な相手のお嫁さんになってもらって、のびのびと生きて欲しいしね。
 二人はあれこれと言い合い、頭を悩ませていた。
 なんか、私にはどうにもできないことだから任せっきりで、本当に申し訳ないなぁ……。
「かわいこちゃ〜ん」
 のん気な声にぎくっとして身を強張らせていると、横のナギルも硬直していた。アルバートさんが奇妙な眼差しを向けてくる。
「どうした、二人とも?」
「いや……すみません、兄上、少々席を外します」
 そう言って、ナギルは私の肩に手を遣ると、引っ張った。ああそっか、姿の見えないミラとここで話すわけにはいかないもんね。なるほど。
 廊下に出ると、待っていたのかにこにこ笑顔のミラがいた。
「やっほーい。しばらくぶりー」
「なにが『しばらくぶり』よ! 数十分のことじゃない!」
「でもしばらく姿が見えないと、守護精霊としてはハラハラしちゃうよ〜。ただでさえ、かわいこちゃんて不運体質だしさ」
 失礼な精霊ね……ほんと。
 私のどこがそもそも不運体質なわけ? 今まで……そりゃ、何度か殺人事件に出くわしたりしたこともあるし、怖い経験をしたこともあるけど!
 あれ? そういえば、世間の人って普通はそういう体験する人ってあんまりいない……? あれ?
 ミラは私の冷たい反応にもめげずに笑顔だ。根性あるわね、こいつ。
「それで? 成果はどう?」
「ありよ、あり! 大有り!」
 喜ぶミラがまさに舞い上がらんばかりにしている。足が宙に浮き始めてる!
「や〜。あれはやばいね。すごい。すごかった」
「なにが?」
 疑問符を浮かべる私たちに、ミラはにま〜っと嫌な笑みを浮かべた。
「第三王子、エルイス様がなぜかわいこちゃんのおねーさんを気に入ったか、わかっちゃったわけ」
「えー! ほんとに? すごいじゃない、ミラ!」
「もっと褒めて〜!」
 抱きつこうとしてきた彼を、ナギルが問答無用で押し退ける。
 ……なんかいつも察してくれて嬉しいかも。いきなり抱きつかれると迷惑だしね。
「さっさと言え! 兄上を待たせているんだ。不審がられる」
「ぶーぶー。殿下は本当に心せまいー。
 ま、いっか。で、本題だけど、エルイス王子は相当重たい呪縛にかかってるみたいだよ」
「な……!」
 驚愕するのはナギルだけで、私はちんぷんかんぷん。
 また魔法とか魔術とか、そういう話なわけ? もうやだあ。
「ど、どういうことだ! 一国の王子が呪詛を受けたままなど、あるわけが……」
「それがあったんだなぁ。あれはかなり重度のものだよ。人間や亜人種の魔道士じゃ、まず解けない呪いだろうね」
 ???
 あの、誰か私にわかりやすく説明を……。うぅ、由希がここにいれば……。
 のろい? 重度? 呪いって、あの「呪い」よね? 呪われたーだの、怨みー、だの。ちがう……のかしら、こっちでは。どうなんだろう。
 困惑して二人を見比べていると、ナギルが視線に気づいてこちらを見てきた。いきなり目ががちっと合ったので、思わず逸らしてしまう。
 あれ? な、なんで目ぇ逸らしてるわけ?
 驚いて視線を戻すと、彼はこちらをじっと見たままだった。……美形にじっと見られると心臓に悪いんですけど。
 な、なんだろう?
 眉根を寄せると、ナギルは口を開いた。
「……おまえの国の呪いはどんなものだ?」
「え? えーっと、まぁ色々あるけど……。呪うとかって、怨恨によるものよね? だいたいは。
 うーんと、まぁ最悪、死んじゃったりするけど」
「ほぼこの国と変わらない見識のようだ。安心しろ、アヤ」
 えっ?
 驚いて目をみはると、彼はミラに向き直り、腕組みした。
「で、兄上の呪詛はどういうものだ?」
「変質、だね。体中にびっしりと呪詛の紋様がついてるから、まぁ人前には出られないね〜まず。
 あと、外見年齢も遅延してるんじゃないかな。殿下より若く見えたよ」
「……エルイス兄上は今年で24のはずだ」
「どう見てもあれは20前後か、悪くて10代後半に見えたけどね」
「それだけなら、重度の呪詛とはいえないな。理由があるんだろう、ミラ」
「さすが殿下だね」
 ニヤッと笑うミラは空中に浮き上がる。
「第三王子の呪詛は命懸けの呪詛だ。誰かが命を代償にかけたものだから、『重度』なんだよ。
 本来なら死ぬべき運命だった王子は、大勢の魔道士たちのおかげでなんとか命を永らえてるって感じだね。まぁそれも幼い頃のことだろうけど。
 たぶん、体力そのものも、あんまりないんじゃないかな」
「……病魔」
「うん。それに近いね」
 ミラが頷き、ナギルは溜息をついた。
「そうか……兄上は呪いを解くためにミワ殿に目をつけたのか」
「え? どうしてそうなるの?」
 きょとんとする私に、ナギルが説明してくる。
「三番目の兄上は、ミラの話によるとかなり重い病にかかっているようだ。それは不治の病と同じで、人間や亜人種には治せない」
 病気が、呪いってこと……なのよね?
 なんかだんだん例え話が上手くなってるわねー。すごい。
「兄上は妖精に呪いを解かせようとして、ミワ殿をさらったのだろう。
 人前にあまり出ないのも、どんな社交の場でも欠席だった理由がはっきりした」
「ええ! じゃあお姉ちゃんにまたティアズゲームさせてたのって、それが理由なの?」
「そうだろうな」
 あ、あぁ……うん、なるほどね。
 私だって、自分が呪われてたら嫌だもん。どんな……呪いにせよ、やっぱりイヤだなあって思う。
 それを解く手立てがあるならって思っちゃうのは当然か。でもそれにお姉ちゃんを利用するなんて!
 いや、ていうか、お姉ちゃんて、そんな呪いとかワケわかってないと思うんだけど!
「ミラ!」
 思わず彼のほうを見ると、ミラは「ううん?」とのん気に見てくる。
「ああ、えっとねぇ、妖精が確かに第三王子の呪詛を解くことはできると思うよ。なにせ、人間じゃないしね」
「ミラは?」
「ぼくちん? そーさねー。ジャンル違うからちょっと無理かもー」
 じゃんる……?
 困惑して頭上にハテナを浮かべると、ミラがすとんと廊下のところまで降りてきた。
「性質の違いっていうか、妖精どもを炎とするなら、ぼくちんは風。それくらい持ってる性質とか、ジャンルが違うってこと」
「な、なんか妖精や精霊も色々あるのね」
「あるよー。この世界にも動物や植物がわんさかあるみたいにね、ぼくちんたちもわんさかいる。
 まあ、数としちゃあ少ないから希少種ってことにはなるんだろうけど。人間たちより寿命は長いし、彼等より数倍すごい力を持ってるよ」
「……世界征服とか、しないわよね?」
 こわい。ふつーにできそうで、こわい。
 わたしの戸惑う声にミラがくすくす笑う。
「そんなことしたって、面白くもなんともないじゃない。ただでさえ人間は寿命短いのにさ。
 ああでも、そういう人間を嫌って排除しようとして封印された連中はいるんじゃないかな〜」
 いるんだ!
「でも大昔のことだよ。今はいないからだいじょぶだいじょぶ」
「人間排除かぁ……それって、どこにでもある思想なのよね」
 地球にもあるもん。地球を害してるのが人間だからうんぬんかんぬん。
 はぁー、異世界もそう事情が変わらないのかぁ。
「ミワ殿をさらった理由はこれでわかったな。問題はユキのほうだ」
「あ、そういえばそうよね。
 ちょっとミラ! うちの弟のところに行って調べてきてよ」
「あのさー、ぼくちん、便利な道具じゃないんですけどー」
「ほらほら早く! 私たちは第一王子様と作戦会議をするから、パパッとね!」
 無理やり背中を押すと、ミラが「はぁ〜」と深い溜息をついてやれやれと肩をすくめた。
「かわいこちゃんてすごいよな〜。これで精霊じゃなかったら口説くところだよ」
「とっとと行け!」
 なぜかナギルがミラを蹴った。

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