木暮亜矢の冒険 第二章 ティアズゲーム9

「そもそも、ティアズゲームってどういうものなの?」
 泣いてる場合じゃないわ! 由希だって頑張ってるんだもの。私もやらなくっちゃ!
 行ってしまった由希のことは心配だけど、私にもきっと何かできるはずよ! お姉ちゃんを助けなくちゃ!
 ナギルを振り向いて尋ねると、彼はびくっとしてからなにか後ろめたいのか視線を逸らして黙ってしまう。
 ……? なんなの?
「王の選定で使われる、妖精独特のゲームだと聞いているが」
「どういうものかは、見たことないの?」
「王になる者以外はわからないようになっている」
「なら王様に、って……そういえば今は病気なんだっけ」
 そういえば元々は、王様が大変だから……ナギルは事件に巻き込まれちゃってるわけよね……。早く元気になればいいけど、こういうことが今後も何回か起きるのかしら?
「いや、一度おこなわれたゲームの記憶は王から消される。知っているのは妖精だけだ」
「じゃ、勝負は?」
「勝敗だけは記憶に残す」
 うわっ、すごい嫌な感じ!
 むぅ。お姉ちゃんがそんなすごいゲームに勝っちゃうのは納得できるけど……なんか想像つかないなぁ。
 難しい顔をしていると、ナギルが怪訝そうにしてきた。
「どうした、アヤ?」
「うーん。お姉ちゃんがそういう勝負事をするのって、珍しいなって思って」
「それは、アヤの命がかかっていたからだろう」
「みたいだけど…………本当に滅多にそういうことってないのよ。お姉ちゃん、すごい無欲だから」
 何かを欲しがったり、何かをやろうと思ったことがまずない。
 高校受験も大学受験も、家が近いとか、適当な理由で選んでたみたいだし、勉強してる姿もほとんど見たことない。
 あれ? もしかしてお姉ちゃんて天才……?
 嫌な想像がよぎったけど、私は慌てて追い払う。
「お姉ちゃんがティアズゲームに勝ったっていうことを知ってる人は限られてるのよね?」
「ああ」
「片っ端から当たっていくわけにはいかないし……」
 なにより、ナギルはまだ命を狙われている。
 ここから動くのは得策じゃない。ああもう! どうすればいいの!
「ああー! もうわけわかんない! お姉ちゃんなんて連れてって、誰が得するのよ!」
「っ!」
 がしっ、と肩を掴まれて至近距離で顔を覗きこまれた。
「アヤ、なんだと? もう一度」
「え? だから、お姉ちゃんなんて連れていって、誰が得するのかって……」
「それだ! 元老院は見つけていないし、王宮側も否定している。見つけていても、殺そうとするはずだ」
「ええええー!」
「だが、本当に死んでいたら、もう事態は収拾している……ミワの死体を誰かに見つけさせればいいんだからな」
 王宮内を混乱に陥れる必要は、元老院にもないものね。
 じゃあ……お姉ちゃんは生きてるってこと、よね?
 ナギルは顔をしかめた。
「ミワ殿を利用したいと思う人物……。後ろ盾のない王族か…………それとも……」
 何か特殊な理由が?
「…………ペキを上回る魔道士でなければ連れ去ることは不可能だ。そう何人もいるわけじゃない」
「ナギル?」
「…………」
 考え込むナギルがふっ、と偉そうに笑う。
「そんな不安そうな顔をするな。任せておけ。ミワ殿は必ず見つけてやろう」
「えっ、どこにいるか見当がついたの?」
「おまえ……オレを馬鹿だとでも思っているのか? おまえの姉を助けるくらいの力はある」
 なんか…………偉そう。そういえばナギルって王子様なのよね、正真正銘の。
 …………頼っちゃってもいいのかな?
 私はなんだか睨むような顔になっていたらしく、ナギルが不機嫌そうに顔をしかめた。
「なんだその顔は。睨みつけて」
「え? あーいや……うん」
 歯切れが悪くなるのはやっぱりその、調子が出ないからなのよね。
 お姉ちゃんや由希みたいに気安くできないっていうか。
「よ、よろしくお願いします。お姉ちゃんのこと」
「………………」
「な、なによその沈黙は」
 頭下げたのになんだっての!?
 ナギルは唖然とした表情で、胡散臭げにこちらを眺めてきた。
「いきなり下手に出られると不気味だ……」
「なんですってーっ!」
 頭にきた私は近くにあったものを投げたけど、やっぱりノーコンだった。



 そもそも私にできることってすごく限られているわけで、お姉ちゃんみたいなすごい直感があるわけでも、由希みたいにマニアックなことができるわけでもない。
 ごくごく普通の一般市民なのが……今や王族の婚約者で、異世界から来ちゃって…………。
 いいんだろうか、本当に。
 溜息をついていると、横を歩くモンテさんが「おやおや」と呟いた。
「なにか心配事ですかな、アヤ様」
「いやぁ……私って何にもできないなぁって思って」
「王子にもできないことのほうが多いですぞ」
「いやでもそれって、王子様としてはできることがあるからいいと思うのよね〜……」
 憂鬱げに応えると、モンテさんは「ほぉー」と洩らした。感心というか、呆れというか。なんか妙な感じの声。
 そもそもなんでインコの頭なのに、ちゃんと言葉を発せられるのかしら? そういう構造上を気にしたらいけないんだろうけど。
「お家騒動はまだ収拾がついていないのですから、気を引き締めてくだされ、アヤ様」
「ん? なんでいきなりそこにいくの?」
「アヤ様が居るのと居ないのでは、王子の立場も変わりますからな。それに、渦中にいらっしゃるのをご存知ですかな」
「渦中……って、私が!?」
 ナギルは狙われているからって護衛を数人連れてどこか行っちゃったし……私は私で、現在どこかに挨拶に行くために歩かされている。モンテさんと一緒に。
 まぁ、楽だからいいんだけど。この人のこと、お姉ちゃんにリモコン投げられてるところしかあんまり憶えてないし。
「そうです。あなたは次の王に選ばれたミワ殿の妹君なのですぞ! 渦中の人ではありませんか!」
 うわぁ……そ、そういえばそうだ。
「お姉ちゃんは絶対に王様なんかにならないって。そもそも……お姉ちゃんが王様なんかになったらこの国、滅亡しちゃうと思うのよね……」
 あの面倒くさがりだと、放置しそう。
 日本の平和を守る警察の梅沢さんのことだって、「お役人だから当たり前」って、手伝ってもあげないし……。
 モンテさんも心なしか顔色が悪い。
「確かに……ミワ殿が王位に就けばいらぬ争いも放置しそうですからなぁ」
「やりそう……」
 二人で溜息をついてしまった。
「そういえばどこ行くの?」
「あの小部屋です」
「ああ! あれ? もしかして元の世界に戻してくれるの? でも今は由希やお姉ちゃんのことがあるから帰るわけには……」
「婚約式を終えて、お披露目もまだなのに帰せるわけがないじゃありませんか」
 ……いや、あれって一応、仮ってことだったような……。
 モンテさん、私をナギルの婚約者に本気でしたいのかしら? 意味がわかんない。
 あちこち廊下を歩き回って、やっと小部屋に着いた時には私はゼーハーと荒い息をしていた。ちょ、運動不足じゃないわよ。な、なんでこんな疲れるほど歩かなきゃならないわけ?
「この鏡を憶えておられますな」
「ああ、えっと、地球と繋がってるやつね」
 モンテさんはけろりとしている。うぅ、なんか私だけが運動不足みたいに見えるじゃない、ちょっとぉ!
「ミワ殿をこれで辿ります」
「? 辿る?」
「はい。普通の方法では辿れませんのでな。この妖精の領域、妖精の力の強い場所なら追えると思いましてな」
「よ、よくわかんないけど、ここならなんとかなりそうなのね?」
 ごめん。由希みたいにこう、うまく合わせられなくて。よくわからないのよね、いまだに。
「さ、アヤ様は鏡に向けて尋ねてください」
「…………はあ?」
 いまなんて?
「ですから、鏡に向けて尋ねてください。魔法の鏡なのですから」
「………………」
「なんですか、その渋い表情は」
「いやぁ…………ねえ?」
 わかってもらえるだろうか、私の心境を。
 これではまるであれだ……。
 白雪姫……は、さすがに知ってる。え? 私って……お妃役なの? マジでやれって?
「ちょ、み、見本! 見本見せてモンテさん!」
「は? 見本ですか?」
「なんかあるじゃない。こうしろとか、こういうポーズしてとか」
「ポーズなんてないですよ」
 いやいやいや! やっぱりこう、異世界初心者ってのは見本が必要なのよ!
 背中を押して鏡の前までやるけど、モンテさんは仕方ないように鏡に問いかける。
「ナギル王子殿下はどこでしょう?」
 どこって、あいつは今頃…………どこだろう?
 鏡に映ったのはナギルの姿だった。護衛に囲まれてどこかへ向かっている最中のようだ。王宮内なことは確かみたい。
「では、アヤ様」
「う、うん」
 一歩前に出て、私は鏡に問いかける。
 ああ、なんか本当に白雪姫の継母の気分だわ。だってここは別の世界で、魔法が普通に存在してて、鳥の頭をした人までいる。
 童話みたいに可愛いものじゃないのだけが、気に食わない。
「お姉ちゃんは今、どこに?」
 問いかけに鏡はそこを映し出した。
 お姉ちゃんは透明なガラステーブルとイスを前に突っ立っている。その背後には白いローブの人と……あれ? あの人、第三王子って人の魔道士さん?
「テ、ティアズゲーム!?」
 モンテさんが横から身を乗り出して叫んだ。
 ガラスのテーブルの上には細かい目の盤上遊戯が用意されている。
 あれがティアズゲーム? びっしりと盤上の上には駒が並んでいた。こんなゲームで、お姉ちゃんは勝ったっていうの!?
 信じられない気持ちで鏡を凝視する私は、その場所がどこか気づいた。
 あれは妖精の森だ……。それに……あの白いローブの人は、一体だれ?

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