木暮亜矢の冒険 第一章 異世界からの訪問者2

 私たちがお姉ちゃんの後ろへと避難すると、お姉ちゃんはやれやれと溜息をついた。
「亜矢、あんたとうとう強盗まで引き寄せるとはどういう了見なんだい?」
 タオルを外されて私は抗議した。
「違うってば! なんかこいつ、テレビから出てきたの!」
「ふーん」
 そんだけ? って反応をするお姉ちゃんがすごい不思議だ。昔から、私の言うことを嘘だとか、否定したことがない。
 由希が紐と布団もとってくれて、晴れて自由になった。
 うおお! なんて頼りがいのある姉と弟! 失礼なこと言ったのは許すから! ああ、でも作戦だったのかな? でも本気で思ってた感じもしたよ?
 お姉ちゃんは私たちを庇うように左腕を広げる。かっこいいけど、ジャージに裸足って……。
 悔しそうにこっちを見てくる男を、私はきちんとその時に認識した。あ、あれ?
 浅黒い肌に、癖のある黒髪。顔立ちはいいほうだ。ん? うちの由希とは趣旨の違う美形、と言えなくもない。
「さて。悪いがうちはどっちかっていうと、それほど裕福じゃないんだ。今なら逃がしてやってもいいけど、どうするね?」
「………………」
 男が口を開いて何か言うけど、由希が首を傾げた。
「なに? 亜矢姉、わかる?」
「わ、わかるわけないでしょ! ほんと怖かったんだから〜!」
 じたばたして由希に抱きつくと、はいはいと面倒そうに由希が返してきた。こらぁ! 姉には優しくしろー!
 お姉ちゃんだけは黙ってたけど、ふむ、と頷いた。
「なにやら探しものがあるんだそうだ。迎えが来るみたいだね」
「……お姉ちゃん、言葉がわかるの?」
「いや?」
「…………なんでわかるの?」
「見りゃわかるだろ」
 さらりと言われてあたしはふらり、とよろめいた。
 どこが。見たらわかるってなによ、それ。相変わらずこの人、むちゃくちゃだわ。
 すぐ傍で由希がぶはっ、と吹き出して、げらげら笑い出した。
「ははは! さすが美和姉〜! すげー!」
「笑いすぎよ、由希」
「だってすごいじゃん! 探偵直感は言語をも超えるか!」
 すげーすげーと連発する由希のことは放っておいて、私はお姉ちゃんをうかがった。どうする気なんだろう……。できればもう帰って欲しい、かも。
 なにやらまくし立てている男をお姉ちゃんは眺め、面倒そうにした。
「連れが来るそうだし、このまま置いておいてもいいんじゃないかね?」
「えー! やだやだ!」
 思わず、ぶんぶんと首を左右に振りながら言うと、お姉ちゃんは肩をすくめた。
「そんなこと言われてもねえ、わたしゃか弱い一般市民だから」
 どこがよ!
 思わず突っ込もうとしたら、由希がまたげらげらと笑い声をたてた。笑いすぎだっての!
「まぁ俺も美和姉も、護身術ちょっとかじっただけだし、無茶できないっていうのわかるけどさ」
「でも泥棒もどきよ! 追い出しちゃおうよ!」
 必死に言う私を、青年が見てくる。ひっ! 思わず由希の背後に完全に隠れてしまった。
 ていうか、なんなのこの家族は! 前から異常だとは思ってたけど、ここまでなんて!
 ふつう、家の中に見知らぬ男がいて、家族が縛り上げられてたらもっと怒るし、動揺するもんじゃないの!?
 変人だ変態だと散々思ってきたけど……まさかここまでなんて……。
「……あらら。なんか亜矢姉が脱力しちゃってるんだけど……。
 美和姉、どうすんの?」
 困ったような由希が珍しく気遣ってくれている……。でも絶対、背後に私が寄りかかってて重いからだ。……くそー。
「まああちらさんは出て行く気がないみたいだし、放っておくかね」
 こらああああああああ! なにその対処! ありえないでしょ!
「梅沢さん呼んで、逮捕してもらおうよお姉ちゃん!」
 我ながらナイスアイデア!
 頷きつつそう言うと、お姉ちゃんは面倒そうに片手を振ってみせた。
「ついさっきまで顔つき合わせてたんだよ。やだね」
「面倒なだけでしょ!」
「あっちはお役人。わたしらのありがた〜い税金で食ってる公僕なんだよ? あんまり手をわずらわせちゃ、可哀想じゃないか」
「うそばっかり!」
 呼びつけるとすぐに来るとわかってるから、嫌がってるだけなの、知ってるんだから!
 お姉ちゃんが好きな梅沢さんとしてはかな〜り可哀想な話だけどね。ああ、本当に脈がなさそうで、泣けてくるわ。
「うーん。亜矢がそんなに嫌がるなんて、死体を前にした時と、ゴキブリを前にした時くらいかと思ってたよ」
 どこか感心したように言うお姉ちゃんを、私は思わずぎろりと睨む。
 どっちも大嫌いだけど、不審者に親切なんて異常よ、異常!
 お姉ちゃんは不審者、もとい泥棒に向き直った。
「というわけで、出て行っとくれよ」
 さらりと、日本語で言った。
 ………………あの?
 その人、日本人じゃないと、思う……んだけど?
「居てもいいところ紹介したげるよ。
 諒色寺(りょうしきじ)ってとこなんだけど、あそこならうちより広いしね」
 ひっ! よりにもよって、お姉ちゃんの友達のあの一色さんに預けようと……いや、丸投げしようとしてる!
 ちなみに一色さんていうのはお姉ちゃんの幼馴染。でも恋愛感情なしの、友情だけの男の人。
 スキンヘッドの若者だけど、かなりのネット通だし、なんか色々やばいことやってそうだし、怪しいし……な、人だ。
 なによりあのアロハ! なんでいっつもアロハシャツ着てるのよ! 冬はその下にさりげなくババシャツ着てるの知ってるんだけど!
 お姉ちゃんは泥棒を観察し、溜息をついた。
「お迎えはここじゃないとわからないそうだよ。亜矢、諦めな」
「えー!」
 なんでこっちが折れるのよ! おかしいじゃない!
 こっちは被害者なのよ! なんで加害者を擁護するのよ!
 むむむと睨んでいると、お姉ちゃんがしょうがないねと呟いた。
「じゃあこのリビングから出ないようにしてもらおうじゃないか」
「はあ?」
 言ってる意味がわかんないんですけど。
 さすがに由希にもわからないようで、「んん?」と洩らしている。
「円に結界でも張ってもらおうかね。あんなんでも、坊主だし」
 宗教が違うんですけど! ていうか、お寺って結界とかそういうオカルトオッケーだっけ?
 いや、人形をおさめるお寺か神社があるんだから、あってもおかしくな…………いやいやいや、変でしょ今の会話!
「すげー、まどかちゃん、そんなことできんの?」
「知らないけど、できそうじゃないか」
 なんですってー! 適当なこと言わないでよ!
 由希は「でもできそうだよな」と笑っている。笑ってる場合じゃないし、何回も注意してるけど、一色さんをしかも下の名前で「ちゃん」を付けて呼ばないの!
 と、そこで泥棒が何か話しかけてきた。お姉ちゃんに懸命に、というより対等な立場として? 話してる感じがする。
 ……まあね。お姉ちゃん、ムダに態度でかいしね。本人、そのつもりないみたいだけど……。
「ねえ由希、なに喋ってるかわかる?」
「さあね。ていうか、喋ってないのに事情わかる美和姉ってすごくね?」
 そっち!?
 思わず睨みつけると、由希は泥棒のほうに視線をすぐに戻した。調子のいいやつね、本当!
 一通り話し終えたあと、お姉ちゃんが頷いた。そしてこっちを見る。
「なに言ってんのか、さっぱりわからないね。困ったね」
「うっそー! わかってそうな顔と合致しないセリフ言わないでよ!」
 涙目になる私に、でも、とお姉ちゃんは続ける。
「どうやらどこかから逃げてきてて、迎えを待ってるってのは当たってるっぽいね。
 かくまって欲しいんじゃないかね」
「…………こんな狭い一般家庭で?」
 すいません、異文化交流は避けたい所存なんですけど。
「てこでも動きそうにないけどね。ま、どうしてもってんなら、円を呼んで連れて行ってもらうよ」
 それって無理やりってことじゃない! 戦える坊主を自称してるあの人を呼んだら、部屋が大惨事になるわよ!
 ぎゅう、と由希の肩を握る手に力を込める。
「い、いてぇよ姉ちゃん」
「おねえちゃんは、かなしい」
「わかるけどさぁ、言葉も通じないし、さっきの亜矢姉の状態見てたらこっちも危ないぜ?
 通報なんてしてみなよ。刺されるかもじゃん」
 あんたには私を守ろうとかいうそういう気概はないわけ?
 薄情な弟をまた睨むけど、由希は平然としてる。まあね……わかってたけど。
 私は渋々頷いた。変人だらけのこの家族で、2対1という状況だ。まず勝てるはずがないもの。
「わ、わかったわよ。でもすぐに迎えに来てもらうようにしてもらって!
 あと、謝ってよさっきのこと!」
 由希の背後からそうお姉ちゃんに喚くと、
「ああ、悪かったね」
「お姉ちゃんじゃなくて、そっちの泥棒!」
 指をさすと、泥棒がこちらを睨んだ。ひっ! 怖い!
 お姉ちゃんは首を軽く傾げて、そうだねえと呟く。
「謝りなよ。悪いのはあんただ」
 また日本語で言ってるし……。
 通じないのが当然なので、泥棒は頭の上にハテナマークを浮かべている。
 と、つかつかとお姉ちゃんが泥棒に近づき、無理にその頭を掴んで下へと押した。
「謝りな。わたしの妹に無体なことしたあんたが悪い」
「………………っ」
 必死に頭を上げようとしているみたいだけど、泥棒はそれができないみたい。
 困惑して私は由希を見ると、
「あっちゃー。美和姉、実はすごい怒ってんじゃないの?」
 と、苦虫を潰したような声で小さく言う。
 ……怒って、るんだ。…………あのお姉ちゃんが?
 や、でも……今までも、そうだったかも。私が危険にさらされると、すごい怒ってくれたし……。
 ………………うん。
 じゃあ、いいか。
「も、もういいわよ、お姉ちゃん」
「土下座させるまで待っとくれよ」
「も、もういいからっ!」
 このままだと無茶苦茶しそう!
 慌てて止めると、「そうかい」とお姉ちゃんは手を離した。
 解放された泥棒は息ができなかったらしく、激しくむせている。…………どういうことしたの、お姉ちゃんってば。
 泥棒がまたお姉ちゃんに話しかけた。
「ああ? 用心棒なんてごめんだよ!」
 冷たくそう言い放ってお姉ちゃんはさっさとリビングを出て行ってしまった。
 ……え? 用心棒頼まれたの?
 え? ちょ、ちょっと待って。通訳いなかったらここ、成り立たないんじゃないの?
 ちらりと泥棒を見ると、むすっとした表情でいる。ほらやっぱり怒ってるし!
「ゆ、由希は置いていかないわよね……?」
 恐る恐る確認すると、弟はけろりと笑った。
「えー? 途中で止めてるフィギュア、作りたいんだけどー」
「そんなお人形遊びはあとでいいから!」
 血の繋がった人間であるお姉さんと遊びましょう!
「えぇ? 亜矢姉、そんな人形遊びとか言ったら、その界隈の連中、すっげー怒るぜ?」
「ものの例えよ、ものの!」
 緊急時だと気づきたまえよ、我が弟よ! なぜにいつもと同じペースなの、あんたは!
「放っておけばいいじゃん、こんな外人」
「なに言ってんのよ! 家の中をうろうろされたら嫌じゃない!」
「……そりゃそうだな。俺の部屋に入って来られたら抹殺ものだぜ?」
 可愛い顔してなんとも怖いことを冷たい声で言うものだ。……やりそう、こいつなら。
 ていうか、カオスと化してるあんたの部屋になんて、私なら絶対入りたいなんて思わないわよ?
「じゃ、テレビでも観てる? しょうがないから、姉孝行でもしてやるよ」
「ゆ、由希ぃ」
 思わず涙ぐんで抱きつくと、
「……亜矢姉、相変わらずだな。いい具合なおっきさだ」
 …………この変態!

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